
言 葉
ヒトと言葉
トラとライオンは同じネコ科の動物ですが、黄色と黒の縞模様になっているのがトラ、たてがみがあるのがライオン(雄)です。このように生物には他の生物と違うそれぞれの個体的特徴があります。私たち人間については、他の生き物との違いが様々にある中の一つに「言語能力」があります。これは少なくとも1万年以上変わらずに人間が持っている個体的特徴です。例えば今現在日本語を話す両親のもとで生まれた赤ちゃんを、3000年前のエジプトで育てたとしても、その赤ちゃんは自分が育った環境の3000年前のエジプトの言葉を話し、理解するようになるということです。このような能力は他の生き物にはない人間の個体的特徴です。このようなことから「言葉」とは、人間そのものであると言うことができます。
言葉の役割 〜世界を作さる言葉〜
英語では「白米」も「玄米」も「稲穂」も全て「rice」一語であるのに対し、日本語で言う「牛(うし)」を指す言葉が「cow(雌牛)」「 bull(雄牛)」「 ox (労役用の去勢雄牛)」「heifer (子を産んだことのない若い雌牛)」「calf (子牛)」「cattle(家畜としての総称)」とかなり具体的に分かれています。これは「米(こめ)を食べる文化」と「牛(うし)を食べる文化」でそれぞれモノの見え方、捉え方に違いがあることを意味しています。
「コミュニケーション能力」が注目される昨今では「言葉」の「伝え合う」という側面に注目されがちです。しかし、「言葉」には「世界を理解する」という側面もあります。初めて入った部屋でテーブルに収められた椅子に座る際に椅子を引いて座るのは、それが「床」と分かれた「椅子」というものだと理解しているからです。私たちは言葉によってそれぞれのものを理解しているのです。
さらに言えば、私たちは言葉の世界にしか生きられないと言うことができます。まずはこちらの動画をご覧ください。
この動画には何が映っていますか?
「植物に水をやっている」と言うこともできますし、植物に詳しい方は「カモミールに水をやっている」と言うかもしれません。もっと詳しく言うならば、「ヒトが左手でオレンジ色のプラスチック製の水さしを使って白いカップに入ったカモミールに水を与えている」と言うこともできます。左手を動かしているのはヒトが生きているからであり、空気中の酸素を取り入れて酸素とへもグロピンが結合して・・・と実はこの動画の中ではとても複雑なことが起こっています。しかもまだ人類には発見されていない人間が動く仕組み、植物の仕組み、日光の働きなどまで考えると、実は「そこ」に起きていることうちで私たちが認識できることはあくまでも「言葉」によって理解できることだけなのです。
つまり、私たちは「言葉」によって「世界」を理解し、「言葉の世界」を生きているのです。
読書の魅力
読書は私たちを自由にしてくれます。
本は自分の興味のあるものを自分の好きなときに自分のペースで読むことができます。本さえ読むことができると、学びの方法も内容も自由です。読書は私たちに自由な成長の機会を与えてくれます。
また、読書は私たちに生きる世界の自由も与えてくれます。先ほど書いたように人間は「言葉の世界」を生きています。そして本もまた「言葉で作られた世界」です。本を読むことで自分の世界を広げたり、別の世界に移動したりすることができます。読書によって自分の生きる世界を自在に変化させることができるのです。
重要視される「読解力」
勉強をすることは尊いものとされ、特に学校では「読み書き・そろばん」が学びの基礎とされています。そうして何かにつけて重要視されるのが「読解力」です。経済協力開発機構(OECD)が実施している学習到達度調査(PISA)についての結果が公表させるたびに、日本の子どもたちの「読解力」が上がった、下がった、と話題になります。
情報社会と言われる現在では「読解力」は書かれた文章を正確に理解するだけでなく、打ち合わせや普段の会話などでも、相手の発言を正しく理解するための能力として特に重要視されるようになっています。
謎の力「読解力」
「読解力とは何か?」というと多くの人が「読み解く力だ」と答えるでしょう。
学習到達度調査(PISA)では「読解力」を次のように定義しています。
- 自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に社会に参加するために,書かれたテキストを理解し,利用し,熟考する能力。
- 義務教育修了段階にある生徒が,文章のような「連続型テキスト」及び図表のような「非連続型テキスト」を幅広く読み,これらを広く学校内外の様々な状況に関連付けて,組み立て,展開し,意味を理解することをどの程度行えるかをみる。
要するに「目的を持って(自らの目標を達成し,自らの知識と可能性を発達させ,効果的に社会に参加するために,)」「何を(文章のような『連続型テキスト』及び図表のような『非連続型テキスト』を)」が付け加えられた「読み解く力」ということです。
改めて考えてみると「読み解く力」というのは非常に不思議な力です。
今回、この「読解力研究所」を始めるに当たり、調べてみると「読解」についての教室や講座、セミナーなどがほとんど行われていないことを知りました。あっても小中学生や高校生を対象にした「速読」を絡めたものばかりでした。ではこれほど重要視されている「読み解く力」はどこで学ぶのかと考えてみると、おそらく小中学校でこれまで行われてきた「国語」の授業なのだと思います。
ここでまた新たな疑問が浮かびます。数学や英語、理科や社会を家でどのように勉強したか、と聞かれると練習問題を解いた、まとめのノートを作った、暗記カードで勉強した、など各教科に適した勉強の仕方が思い出させるはずです。しかし、「国語は?」というと、漢字の練習をしたとか、かろうじて練習問題を解いた、というくらいで、「国語の勉強の仕方がわからない」という方は多いのです。
このようにいつの間にか身についていた「読み解く力」、一体どのような原理で「言葉から意味を理解するのか」「どうすれば身に付くのか」が解らないままでは「読み解く力」をみがくことはできません。
「読む」「言葉を理解する」仕組み
言葉の意味はどこにあるでしょう。文字それ自体に意味がある、とは言い切れません。この問題こそ読解をより深く理解する鍵なのです。
それでは下の図Aをご覧ください。

何と書いてあるでしょう?
わかるはずがありません。何と書いてある、というよりもただ●が八つあるだけです。
では下の動画を音声付きでご覧ください。
さて、下の図Bの赤い枠の中には何と書いてあるでしょうか。

そうです!「学校」です!
これが文字と意味の関係性です。
私は図Aを作った時点で●それぞれに意味を込めてました。しかし伝わらないのです。このように文字や表現それ自体には実はメッセージ性はありません。
次に動画をご覧いただき、図Aに赤い枠がつかされただけの図Bを見ると、赤い枠の「●●」に何となくですが「学校」という意味だとわかったと思います。このように、文字の意味は「読んだ本人」が「これまでの経験(動画を見た)」という経験に基づいて自ら生成しているのです。
さらに下の図をご覧ください。

①〜④まで「あお」ですが、やはり形や太さはそれぞれ全く違います。④に関しては点の位置を見ると「お」の向きが反対になっているというわけでもありません。
私たちが文字を言葉と認識しているのは、目の前にある「形」をその「形」に似た自分の知っている文字に置き換えて、その「形」に自分で意味を当てて「読ん」でいるからです。これは文字に限らず、「声」も同様です。ある「音」を「言葉」として認識し、意味を見出すのはその「音」を聞いた本人なのです。
このように考えると「読む」「言葉を理解する」という行為は、これまで生きてきた自分の成果に依拠しています。逆に言えば「読書」で読み取った意味を考えることは、自分のこれまでの知識や経験など、生きてきた歩みを振り返ることになります。つまり「読む」ことは「自分と向き合う」ことにもなるのです。